



「人間のかなしかったこと、たのしかったこと、
それを伝えるのが、おまいの仕事じゃろが」
終戦から3年後の広島
生真面目な娘は心の傷が癒えず、幸せになることをためらう。
思いを寄せる男性からも身を引こうとする。
そんな姿を見て、お調子者の父は娘の背を押そうとするが・・・
・作・井上ひさし
・スタッフ
【企画・構成・演出】 佐々木梅治
【宣伝美術】 梶井美由紀
【制 作】 梅治の会
【お問い合せ】 梅治の会 TEL&FAX:03−5261−1489
作家 井上ひさし (新潮CD「父と暮せば」チラシより)
・・・手に入った(被爆者の方々の)手記を数百編、拝むようにして読み、そこからいくつもの切ない言葉を拝借して、あのときの爆心地の様子を想像しました。そして、それらの切ない言葉を再構成したのが、この戯曲『父と暮せば』です。そのときのわたしは、「これらの切ない言葉よ、世界中に広がれ」と何百回となく呟きながら書いていました。
劇団民芸俳優 佐々木梅治 (2004年10月自主公演パンフレットより)
10年前こまつ座が初演した『父と暮せば』の舞台を観て私は、ど感動してしまった。
4年前客演したわらび座の諸君から演技実習のための台本がないかと問われ、いっに勉強するつもりでこの作品を推薦した。秋田での勉強会のため、家で稽古をしていると、台所仕事をしながら聞いていた妻がシクシク泣きはじめたのだ。
以前、劇団の大先輩で創立メンバーの一人である故・滝沢修が
「君たちね、台本をもらったら自分のところだけでなく最初から最後まで声を出して読んでごらん、いいべんきょうになるよ」
と言ったことがあり、依頼私はそれを続けていた。秋田での稽古初日、皆の前で一人で全部声を出して読んでみた。劇団員は大変感動してくれた。
帰京後、2度試演会をする。それに感動した南いたばしおやこ劇場の委員長の是非にとの申し出から、昨年5月、2日間の公演が実現。その後も次々と声がかかり、アイピット目白の公演で23回をかぞえることになる。作者の井上ひさし氏から「一応、3年間上演を許可します」といっていただき、信じられないことが連続の一年になった。
私のスタイルは「芝居・読み語り」として、照明・効果・装置一切なし、台本1冊手にした私の肉体だけといういたってシンプルなものだ。原爆投下後3年目の広島、登場人物も父と娘の二人だけ。
井上氏のこの戯曲はとにかく素晴らしく、私の演劇生活三十余年はこの作品に巡り会うためにあったと言っても過言ではない。今まで稽古も含め何回演じたかわからないが、その都度突き上げられるような感動を覚える。このような作品はそうあるものではない。
その感動に導かれ、5月の連休にもう一度広島行きを思い立ち、作品の中で娘が歩いた宮島口から比治山までの20数キロを実際に歩いてみた。当日は5月だというのに27℃という真夏の陽気で5時間もかかった。8月9日の炎天下、父の遺骨を拾うためどんな思いでこの道を歩いたのだろうと考えると何度もこみ上げてきてしまった。
以前仕事で世話になった中国放送が、たまたま私の広島行きを知って取材してくれ、8月4日に放送してくれたのも大変嬉しいことでした。
この作品の公演は、いくつもの不思議な力に支えられたものとなっているのである。
毎日新聞 2006年10月5日
夕闇の迫る岐阜県中津川市の寺に、県立中津高定時制の生徒が約40人。「舞台」には簡単なスポットライトと急ごしらえの台しかない。「うちゃあ生きとんのが申し訳のうてならん」。お堂に広島弁のせりふが響いた。
井上ひさし原作「父と暮せば」の読み語りを始めたのは2003年。以来、北海道から九州まで、こども劇場を中心に口伝えに輪が広がり、公演は中津高で71回を数える。
原爆で父や友人を亡くし、生きる喜びを失った娘。その前に父が「恋の応援団長」として現れ、娘を元気づける。悲しくもほのぼのとしたこの物語は、劇団こまつ座の公演や宮沢りえ・原田芳雄主演の映画にもなった。
読み語りの小道具は造花の「彼岸花」1本と台本のみ。作品で娘が歩いた広島の20数キロを実際に歩いてもみた。「僕のやっているのは全体の1割か2割。みなさんの想像力が8割から9割」
2月、高松市の特別養護老人ホームでの公演で最後まで聴いてくれたのは3分の1程度だった。介護士から「お年寄りの顔に何とか表情をつけさせたい」と聞かされた。高校公演でも生徒たちの無表情が気になった。中津高では「僕らが喜怒哀楽を表せる時間は限られている。楽しかったら笑い、悲しかったら思い切り泣いてほしい」とあいさつした。約1時間20分の公演後、女子生徒が涙ながらに感想を語った。
井上さんの特別許可で1年ごとに更新すれば何回でも公演できる。「ろれつが回るうちは、ぜひやらせていただきたい」 (文・内山勢)
朝日新聞 2006年3月16日
「父と暮せば」熱演に泣いた(高松市・主婦・52歳)
劇団民芸の俳優佐々木梅治さんの一人芝居・読み語り「父と暮せば」が、地元の公民館でありました。井上ひさしさん作の戯曲で映画化もされた作品ですが、この公演では舞台装置や音楽は一切なく、台本1冊を手に佐々木さんが演じる姿に、最初は少し驚きました。
原爆投下から3年後の広島が舞台です。生き残り、幸せになることをためらう娘。原爆の犠牲になった父の亡霊が現れ、娘を幸せにしようとします。
父娘のやり取りから、被爆時の広島の惨状や当時のつつましい生活がよく分かりました。時として父娘のユーモラスな会話、泣き笑いも。一人芝居なのにすべての情景が目に浮かぶようでした。
台本の言葉のひとつひとつが素晴らしい。言葉の力って大きい、言葉は生きていると感じました。
汗と涙をほとばしらせながら見事に父と娘を演じ分けられた佐々木さん。私は奥歯をかみしめながら泣きました。「父と暮せば」が子どもたちの平和学習に取り入れられたらと思います。